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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)3498号 判決

原告 相互交易株式会社

被告 マエルスク・ライン・リミテツド

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立

一  原告の申立

「被告は原告に対し金五三八万二五九三円及びこれに対する昭和三七年五月一七日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求める。

二  被告の申立

主文同旨の判決を求める。

第二当事者双方の主張

一  原告の主位的請求原因

1  訴外香港ルン・タイ・トレーデイング・カンパニーは、西暦一九六一年八月二四日被告に対しグロープ印野菜漬合計一二五〇瓶の香港より横浜までの海上運送を委託した。

2  被告は、右委託を引受け右積荷一二五〇瓶を何ら故障なく外観上良好なる状態でその運航にかかる汽船ジエツペセン・マエルスク号に積み込みした後、荷番号第一乃至第六二五号の合計六二五瓶につき証券番号第一〇号の船荷証券を荷番号第六二六号乃至第一五〇号合計六二五瓶につき証券番号第一一号の船荷証券をいずれも一九六一年八月二四日付をもつて指図式にて発行し荷送人に交付した。

3  原告は、同年九月中荷送人の白地式裏書のある右船荷証券二通を前所持人であつた株式会社東京銀行から裏書譲渡を受け、右証券二通の所持人となつた。

4  前記汽船ジエツペセン・マエルスク号は一九六一年九月四日横浜港に到着し、右積荷は同月六日本船より艀船に荷卸され荷受人たる原告に引渡されたが、積荷合計一二五〇瓶のうち六五六瓶はその容器が破損し、その中味の漬物は腐敗し食用に適せざるものとなり廃棄するのやむなきに至つたがその詳細はつぎのとおりである。

(1)  本件積荷の野菜漬物(四川搾菜)は、高さ約五五センチ、直径約三五センチ上下両端に向け細く作られた瓶に各々正味四〇キログラムずつ入れられていて蓋は上端の口にセメントで固着され、更に一瓶毎に竹製の籠に入れられていて、籠はその内側の瓶との間に相当空隙を保つように作られていた。

(2)  本件積荷は、原告の依頼により横浜港到着後の一九六一年九月八日及びその後東京芝浦埠頭において日本海事検定協会による検査が行われ、その検査の結果合計六五六瓶の容器が破損しその中味の漬物は著しく腐敗していることが明らかとなり、その漬物は廃棄するほかなくなつた。

5  原告は、右に先立つ一九六一年九月七日書面をもつて被告に対し本件積荷の一部はその容器が破損し、中味に損害のあつたことを通告した。

6  したがつて、被告は本件船荷証券の定めるところにしたがい、香港海上運送令の規定により本件積荷の損害につき損害賠償の義務がある。

よつて、原告は、被告に対し本件積荷に関し生じたる損害金五三八万二五九三円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和三七年五月一七日から支払ずみまで商事法定利率の年六分の割合による金員の支払を求める。

二  原告の予備的請求原因

1  かりに、訴外香港ルン・タイ・トレーデイング・カンパニーとの間に本件運送契約を締結し本件船荷証券を発行した者が被告ではなく、被告のいうとおり、本件船積船ジエツペセン・マエルスク号の所有者であるデンマークの一九一二年汽船会社及びスウエンドボルグ汽船会社(以下両汽船会社という。)であるとすれば、原告は、被告を右船積船ジエツペン・マエルスク号によつてマエルスクラインの呼称を使用して海運業に従事している営業主であると誤認して本件船荷証券を取得したものであり、右誤認は以下述べる(1) (2) (3) のとおり、被告が右両汽船会社に対して、自己の商号である「マエルスク・ライン」という商号を使用して営業をすることを許諾したことに基因するものであるから、被告は、日本商法第二三条により原告に対し右両汽船会社と連帯して本件運送契約により生じた前記損害賠償債務を支払う義務がある。

(1)  被告は、米国デラウエア州法により設立され、日本において商法の規定による登記を経た外国会社であつて、「マエルスク・ライン・リミテツド」なる登記した商号を用い、海運業等を目的として現に日本において営業所を設けて海運業を営み、その登記簿上も海運業を営業の目的中に定めている会社である。

(2)  右両汽船会社の代理人イエブセン・アンド・カンパニーの発行した本件船荷証券の裏面冒頭には、「マエルスク・ライン(MAERSK LINE )」なる大きな英字の印刷がなされているのみならず、また東京における日刊の英字新聞(THE JAPAN TIMES あるいは、SHIPPING AND TRADE NEWS )の広告欄にも同様に「マエルスク・ライン」の表題の下に「マエルスク」なる呼称をもつた船舶を使用して海運業を営んでいる旨の広告がなされ、その下欄には営業所(office)として被告の店舗の電話番号が記載されている。そして、右の「マエルスク・ライン」とはその名称の下に営まれている海運業を表示する名称として使用されていることは明白であり、その「マエルスク・ライン」なる名称は、被告の商号「マエルスク・ライン・リミテツド」の主要部分を占める「マエルスク・ライン」とその文字、および呼称を同じくするものであり、その余の部分の「リミテツド」は単に被告が法人なることを示すために用いられるもので、被告の営業を個別化する商号本来の意味をもつものではない。

(3)  右事実によると被告は本件運送契約の運送人であり、本件船荷証券発行者である前記両汽船会社が被告の商号に属するマエルスク・ラインの名称を用いて海運業を営むことを明示的に許諾しているものということができるし、かりにそうでないとしても黙示的に許諾しているというべきである。

2  また、右商法二三条の責任が認められないとしても、被告は両汽船会社の用いる「マエルスク・ライン」なる語を商号として借用したものであるから、商法第八三条、第一五九条の類推解釈によつて、被告は原告に対し、両汽船会社と同一の責任を負うべきである。

三  主位的請求原因に対する被告の答弁

請求原因1、2の事実は否認し、同3、4の事実は不知、同5の事実は認める、同6の主張は争う。

原告主張の運送契約は、訴外香港ルン・タイ・トレーデイング・コンパニーと汽船ジエツペセン・マエルスク号の所有者である両汽船会社との間に締結されたものである。

その根拠は、つぎのとおりである。

1  原告主張の船荷証券は右汽船の船主(船舶所有者)である両汽船会社の香港代理店であるイエブセン・アンド・カンパニーが右両汽船会社の代理人として発行したものである。

2  被告は、アメリカ、デラウエア州法により設立された法人であり両汽船会社の代理店業務を営んでいるもので、本件運送契約の当事者でなく、本件船荷証券の発行とは全く無関係である。両汽船会社は世界各地に約四〇の代理店を有し、被告はその代理店の一に過ぎない。

右船荷証券の裏面冒頭に大きく印刷された「マエルスク・ライン」なる語は特定の個人または法人を指称するものでなく「A.P.Moller」が「manage」し、その船名中に「マエルスク」なる名称を付した商船隊が世界各地にわたり運航されている航路の単なる呼称に過ぎないことは海運界では顕著な事実であり、「マエルスク・ライン」という表示は被告の商号の表示ではない。

四  予備的請求原因に対する被告の答弁

請求原因1の(1) の事実は認める。同(2) の事実のうち本件船荷証券裏面冒頭にその主張の記載のあること、その主張の日刊英字新聞にその主張の記載のあることは認めるが、その電話番号は単に顧客に対する便宜のために記載されているに過ぎない。同(3) 及び請求原因の主張は争う。

なお、被告の商業登記簿上海運業も記載されてはいるが、米国法においては、法人の目的を厳格に解釈しているので、実際に営業していない事項も列挙したものにほかならず、被告としては現在両汽船会社の代理店業務及びその付随業務を営むのみで海運業自体は営んでいない。

また、原告の主張する商法第二三条による名板貸責任の点については、被告はつぎのとおり反論する。

1  本件船荷証券面記載の約款第八項末尾には「本件船荷証券より生じた滅失、損害、不足引渡その他一切の請求は運送人の選択により他の全ての国の裁判手続を排除して、コペンハーゲン市裁判所においてデンマーク国法に準拠して審理されるものとする。」と定められているのであるから、この事実からすると、被告が所謂名板貸責任を負うか否かも、デンマーク国法に準拠して、決定されるべきものでありその限りにおいて日本法である商法第二三条はその適用を排除さるべきである。

2  かりに、本件に商法第二三条が適用されるとしても、被告が本条による名板貸の責任を負うためには、被告が自己の固有の商号自体、もしくは固有の商号によつて表象される営業の範囲内に属するものであることを表示するような商号の使用を、前記両汽船会社に許諾した事実がなければならない。

しかし、本件において、原告の主張する「マエルスク・ライン」なる語は、被告の固有の商号である「マエルスク・ライン・リミテツド」自体とは異なるばかりでなく、「マエルスク・ライン・リミテツド」によつて表象される営業の範囲内に属するものであることを表示するような商号でもない。

すなわち、被告は、現在前記両会社の代理店業務及びそれに付随する業務を専ら営むのみで、それ以上に船舶の所有とその、運航業務等には携つていない。

3  さらに、両汽船会社の設立及び同会社による「マエルスク・ライン」なる名称の使用は、後記4のとおり、被告会社設立よりも三〇年以上古いのであるから、被告がその商号を両会社に使用許諾するという関係にないことは明らかであり、むしろ、被告の方がこの名称を商号の一部に使用したものである。

4  また、本件船荷証券に係る取引に関し、原告において、被告が右証券の発行者であると誤認したものとは考えられず、かりに誤認があつたとすれば、それは原告の重大な過失によるものである。

すなわち、「マエルスク」なる語は両汽船会社を設立したエー・ピー・モラー一家の古い呼称であつて、西暦一九一二年来両汽船会社の所有する七〇余隻の船舶にはその船名の末尾にいずれも「マエルスク」なる名称が付されて来たもので、これらの船舶が就航する航路もこれに因んで「マエルスク・ライン」と命名されたものであり、一方被告は西暦一九四七年にアメリカ合衆国デラウエア州法に基き設立されたアメリカ法人であるからこれと間違う筈がない。したがつて、東京における日刊の英字新聞における広告についても、その電話番号は単に顧客に対する便宜のために記載されているに過ぎないものであつて、海外貿易を業とする原告が本件船荷証券に係る取引において右証券発行者である両汽船会社を被告と誤認して取引したものとは到底考えることができず、かりに誤認したのだとすれば、それは全く貿易商社としては考えられないほどの無知によるもので、右誤認は原告の重大な過失に基くものといわざるを得ない。

五  被告の抗弁

かりに、被告に運送契約上の責任があるとすれば、本件船荷証券の表面記載の約款第八項末尾に、「本件船荷証券より生じた滅失、損害、不足引渡、その他一切の請求は運送人の選択により、他の全ての国の裁判手続を排除してコペンハーゲン市の裁判所においてデンマーク国法に準拠して審理されるものとする。」と定められてあるので、被告は本訴訟において右選択権を行使する。然らば本件はコペンハーゲンの裁判所において審理されるべきものであつて、被告は東京地方裁判所において審理されることを拒否する。

六  予備的請求原因に対する被告の反論1および右抗弁に対する原告の答弁

日本商法第二三条は法例第三〇条にいわゆる公の秩序に関する強行規定であるから、かりにデンマーク法によるべきものとしても、右二三条に反する規定の適用は許されないから結局日本商法第二三条を適用すべきことになる。

また、本件船荷証券第八項の規定は、コペンハーゲンの裁判所に訴が提起された場合にデンマーク法を準拠法とする約款であつて、日本の裁判所に訴が提起された場合にまでその裁判権を排除し、日本法の適用を排除する旨の約款ではない。

しかも、またこれを排除する旨の約款であつたとしても、当事者の契約をもつて主権国家の裁判権を排除することは許されない。

したがつて、被告の抗弁は理由がない。

第三証拠関係〈省略〉

理由

第一原告の主位的請求についての判断

一  まず、原告は訴外香港ルン・タイ・トレーデイング・カンパニーが西暦一九六一年八月二四日被告に対しグローブ印野菜漬物の香港から横浜までの海上運送を委託したと主張し、被告はこれを否認するのでこの点について検討する。

1  成立に争いのない乙第四号証の一、二、同第五号証の一乃至三、証人ジヨーゲン・ケヤピーの証言、被告の日本における代表者尋問の結果(以下単に被告代表者尋問の結果という。)を合わせ考えると、本件ジエツペセン・マエルスク号は、デンマーク人エー・ピー・モラーの経営するデンマークの一九一二年汽船会社とスウエンドボルグ汽船会社の共有に属すること、右両汽船会社は、末尾に「マエルスク」なる名称を付した数十隻の船舶を共有して世界的規模の定期航路事業をしていること、このことから「マエルスク・ライン」なる語は両汽船会社の航路事業の呼称として用いられていて、さらに一般的には「マエルスク・ライン」とは両汽船会社を意味する語としても使用されていることが認められる。

2  つぎに、成立に争のない乙第六、七号証と証人坂宏の証言および被告代表者尋問の結果によれば、被告はアメリカ合衆国デラウエア州法により設立された法人であつて、日本の商業登記簿上には海運業もその営業目的である旨の記載がなされているが、現在はもつぱら両汽船会社の代理店業務及びその付随業務のみを営んでいること、さらに被告の日本支社における東京営業所の業務は、両汽船会社の船舶の日本国内における入港出港の手続代理及び集荷の代理であつて、輸入荷物の引渡に関しては、両汽船会社の船舶が日本に入港したとき、被告と同様に外地で両汽船会社の代理店業務をしている会社の発行した船荷証券の所持人から、その呈示をうけてこれに荷渡指図書を発行するという業務であることが認められる。そして、右認定の各事実と成立に争のない甲第三号証の一、二、乙第一号証の一、二の各記載とによると、本件運送契約における運送人は被告ではなく両汽船会社であり、本件船荷証券も両汽船会社の代理人としてその香港代理店であるイエブセン・アンド・カンパニーが発行したことが明らかである。

もつとも、成立に争いのない甲第二号証、第四号証の一、証人坂宏、同ジヨーゲン・ケヤビーの各証言、被告代表者尋問の結果によれば、被告の日本支社では、日本における日刊の英字新聞に、しばしばマエルスクラインと特大文字の表題と本件船荷証券の裏面冒頭に存すると同一のマークを冒頭に配した両汽船会社の船舶運航表を広告として掲載していること、その運航表中には本件ジエツペセン・マエルスク号についての運航に関する記載も表示されていること、そしてその下欄には「オフイス」なる行を設けて東京、横浜、清水、名古屋、大阪、神戸、門司の各都市名の下に電話番号が示されていること、そのうち東京、横浜、大阪、神戸の各電話番号はいずれも被告の営業所の電話番号であり、清水のは被告のサブ・エージエント(副代理店)である訴外青木運送、名古屋のは同様訴外中日本海運の各営業所の電話番号であることが認められ、また成立に争いのない甲第四号証の二によれば一九六二年九月三日のジヤパン・タイムズ九頁の「シツピングスケジユール」の記事欄中両汽船会社のマエルスクという語を末尾に付した船の「エージエント」として「マエルスク」としてのみ記載されていること、さらにまた成立に争いのない甲第六号証によれば、被告の日本における営業所がデンマークの船会社マエルスク・ラインの東京支社であるともみられる記事が掲載されたことが認められるが右事実のみによつて、前記認定事実を左右することはできない。

そして、前記認定事実によれば、原告の主位的請求原因はその余の判断をするまでもなくこれを容れることはできない。

第二原告の予備的請求についての判断

一  原告の予備的請求原因の主要点は、訴外香港ルン・タイ・トレーデイング・カンパニーが運送を委託した運送人が両汽船会社であるならば、原告は本件船荷証券を取得するに際し運送人を被告と誤認したものといわなければならず、それは、両汽船会社が被告の商号の主要部分たる「マエルスク・ライン」という名称をその営業を表象する呼称として使用しているためであり、しかも被告は両汽船会社が右呼称を使用することを明示的にもしくは黙示的に許諾したからにほかならず、かかる場合には、被告は原告に対し日本商法第二三条に規定する名板貸の責任を負うべきであるというにある。しかしながら、本件の如き渉外的法律関係についてはその準拠法を確定した後でなければその責任の有無を判定することができないことはいうまでもない。したがつて、まず最初に原告の主張する被告が責任を負うべきだとする事実関係は、国際私法上のいかなる法律関係として理解すべきかを検討してこれに基いて準拠法を確定することとする。

二  そこで、主位的請求に対する判断中で認定した事実によつて考えると、両汽船会社の定期航路営業を表象する呼称として使用されている「マエルスク・ライン」なる語は、被告の商号の主要部分たる「マエルスク・ライン」なる語と同一文字同一呼称であり、また被告は、自らの業務に関する新聞広告欄中に本件船荷証券の裏面冒頭に記載されていると同様な「マエルスク・ライン」の特大文字とその文字を含むマークを掲載していることが明らかであり、これと成立に争いのない甲第三号証の一、二の記載内容とを合わせ考えると原告が本件船荷証券をその主張のとおり日本において取得するに際し本件船荷証券に表示されている運送契約の運送人を被告であると誤認してこれを取得したものと認定することができ、この認定にかかる事実関係を国際私法上の概念でみると広い意味の表見法理としてとらえることができる。そして、かかる事項について、わが法例はその準拠法として如何なる国の法律を指定しているかについて考えるのに、わが法例中に直接に明文をもつてこれを定めた規定は見当らない。

しかしながら、かかる表見法理一般についてみると、その準拠法は誤認に基いてなされた契約成立の地の法と考えるのがこれを認める法理の趣旨及び我が法例の精神からみて相当とすべきである。しかし、本件においては両汽船会社と原告との間に直接契約締結行為がなされたのではなく、両汽船会社の代理店イエブセン・アンド・カンパニーの発行した船荷証券を原告が日本において裏書取得したことにより、原告と両汽船会社との間に法律関係が発生したことを基礎とするものである。してみると、その表見責任の内容の準拠法についてはともかく、その責任発生の有無を定める準拠法は原告が本件船荷証券を裏書取得した地の法というべきである。かかる場合には船荷証券が定型性をもち文言性の有価証券であることから、その発行地をもつて契約を成立せしめた地と考え、これを準拠法とする考え方もあろうが、本件の如く誤認者の信頼を保護するための表見法理であることを考えると少なくとも表見責任発生の有無を定める準拠法としては前記のとおり裏書取得した地の法をその準拠法と定めるのが妥当であろう。

ところで、被告は、この点につき本件船荷証券面記載の約款によりデンマーク国法が準拠法であると主張するが、右に判断した表見法理は一種の法定責任に関する問題であつて、当事者自治に委ねられている問題ではないから、この主張を採用することはできない。

三  そこで、原告が本件船荷証券を裏書取得した地の法すなわち日本法において被告に原告主張の責任があるか否かについて検討する。

日本法によれば本件は商法第二三条の名板貸責任またはこれに類似する法律関係と考えてよいのでまず商法第二三条の要件を有するか否かについてみることとする。

1  被告の商号は「マエルスク・ライン・リミテツド」であり、本件船荷証券には「マエルスク・ライン」という文字が使用され、本船に「マエルスク」の名が末尾に付せられていること前示のとおりであり、また両汽船会社の運送営業を表象する語として一般的に「マエルスク・ライン」なる呼称が用いられていることも前示のとおりであり、一方被告が東京において日刊英字新聞に原告主張のような広告等をしていることも前示のとおりである。しかしながら、いまだこのことから両汽船会社が被告の商号を使用して「マエルスク・ライン」なる呼称を用いているものと速断することはできない。

2  かえつて、前掲乙第七号証によれば、被告は西暦一九四七年一一月三日に設立した会社であることが認められ、一方前掲乙第二号証、第五号証の二によれば両汽船会社は右設立以前から存在していて、「マエルスク」なる語をその末尾に付した船舶を所有していたことが認められ、このことから判断するとむしろ被告が右両会社からその使用していた「マエルスク・ライン」の語を用いてその商号中に使用したものと認めるのが相当である。

そうすると、商法第二三条の規定上の要件とされている商号の使用許諾ないしはその黙認があつたものとみるわけにはいかないから、被告に名板貸の責任を肯認することはできない。

3  しかも、貿易取引において船荷証券は極めて重要な書類で、その記載内容も当然重視されるべきこというまでもないところ本件船荷証券面上には、被告の会社名は多数の代理店中の一つとして明記されていることは成立に争いのない甲第三号証の一、二、乙第一号証の一、二によつて明らかであり、しかも右甲第三号証の一、二によれば、右代理店中には被告の他国の支社のほか全然「マエルスク・ライン」なる呼称と無関係の会社の表示も含まれていることが認められるのであるから、原告が本件船荷証券を取得するに際し、たやすく被告を運送人と誤認したとすればその点につき原告に重大な過失があること明白であり、したがつてこの点からも日本商法第二三条の適用を主張する原告の予備的請求原因1は採用の限りでない。

四  つぎに、原告は、被告に日本商法第二三条の責任がないとしても、同商法第八三条、第一五九条の類推解釈により両汽船会社を被告と誤認した原告に対し被告は両汽船会社のした運送契約につき両汽船会社と同一の責任を負うべきであると主張するが、商法第八三条、第一五九条はいずれも人的会社が個人の無限責任をその基盤として成立していることに由来する特殊な表見責任を規定したものということができ、この規定を本件の如き場合にまで類推して適用することは、商法第二三条の規定がおかれている趣旨に照らし妥当な解釈方法とはいい得ない。しかも前項3に判断したとおり原告にはその誤認につき重大な過失が認められるのであるから、この点からも右条文を類推して被告に責任を負わせることはできない。

したがつて、原告のこの点の主張それ自体失当として排斥すべきである。

五  以上の理由によれば、原告の予備的請求もその理由がなく失当であるといわなければならない。

第三結局、原告の本訴請求はいずれもその理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安藤覚 高瀬秀雄 小倉顕)

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